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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7119号 判決 1981年8月31日

原告 栗田進

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 戸田等

同 永田晴夫

被告 株式会社花岡工務店

右代表者代表取締役 花岡吉雄

被告 花岡吉雄

右両名訴訟代理人弁護士 遠藤隆也

主文

被告らは各自原告らに対し、各金七〇万円宛及びこれに対する昭和五三年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自原告らに対し、金一、〇四七万〇、五一八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張関係

一  請求原因

1  被告会社は、昭和五一年三月一〇日、原告ら五名を被告として東京地方裁判所八王子支部に分配金等合計金三、四二〇万円の支払を求める訴訟を提起したが(同支部昭和五一年(ワ)第二二六号分配金等請求事件、以下前訴訟という)、昭和五三年三月二三日被告会社全面敗訴の判決が言渡され、右判決はその頃確定した。

2  被告会社が前訴訟において請求原因として主張した事実は概ね次のとおりである。

(一) 被告会社は、昭和四四年五月頃訴外亡栗田都枝(以下都枝という)、同藤栄工業株式会社(以下藤栄工業という)及び同石丸良孝との間で、埼玉県大里郡寄居町大字三ヶ山所在の農地合計八町一反三畝二七歩(以下本件農地という)が売却されたときは、諸経費を控除した入手額について、被告会社及び都枝は各四割、藤栄工業及び石丸良孝は各一割の割合で分配することを約した(以下本件分配約定という)ところ、本件農地は、昭和四七年一一月頃訴外大奈株式会社に代金二億四、二二〇万円で売却され、都枝はそのうち代金七、六〇〇万円を受領した。したがって被告会社は都枝に対し金三、〇四〇万円の分配金請求権を有する。

(二) また被告会社は、本件農地を取得するための費用として六五〇万円、本件農地に関する訴訟事件の弁護士費用として二五〇万円、登記費用として五〇万円合計金九五〇万円の費用を立替支出したが、都枝はその四割を分担する旨約した。

(三) 都枝は、昭和四九年七月二六日死亡し同女の子である原告らが相続によりその権利義務を承継した。

(四) よって被告会社は、原告ら各自に対しそれぞれ分配金及び立替金の合計金三、四二〇万円の五分の一に該る各金六八四万円及びこれに対する前訴訟の訴状送達の日の翌日である昭和五一年三月一六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

3(一)  しかしながら、被告会社が原告らに対し被告会社主張の請求権を有しないことは以下に述べるとおりであって、被告会社の代表取締役である被告花岡はそのことを知りながら都枝が死亡後その相続人らが右事実関係を知らないことを奇貨として前訴訟を提起したものであり、仮にしからずとしても、前記請求権を有しないことを容易に知ることができたのに重大な過失によって前訴訟を提起したものである。

すなわち、被告会社は都枝が代表者をしている藤栄工業に昭和三八年頃から四〇〇万円程融資していたことから昭和四一年一一月頃右両者間で債務額を六五〇万円と定め、右債務を担保するため藤栄工業の有していた本件農地に対する停止条件付所有権移転請求権の仮登記権利を被告会社に譲渡することとし、同年一一月二四日右仮登記の移転登記を経由し右債務等の弁済を目的として本件分配約定をなしたものであり、その後昭和四七年八月被告会社は右仮登記権利を同年九月末日限り藤栄工業から金二、五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに返還することを約しその旨の念書(乙第二号証)を作成し、同年九月八日藤栄工業から右金員の支払を受けこれと引換えに右仮登記権利を返還しているのであって、これにより被告会社は、本件分配約定に基づく分配請求を失ったことは明らかである。被告花岡は自ら都枝らと交渉した者であり、右念書を所持していたものであるから、右分配請求権を有しないことを知っていたものであり、仮にそうでないとしても容易に知ることができたものである。

(二) したがって、被告花岡が被告会社代表取締役としてなした前訴訟の提起行為は、被告会社及び被告花岡個人の不法行為というべきであるから、被告らは連帯して原告らが前訴訟に応訴するため被った後記損害を賠償する責任がある。なお被告花岡は商法二六六条の三による賠償責任をも負うといわねばならない。

4  原告らは、前訴訟に応訴するため、裁判所の勧告もあり弁護士に依頼するため報酬として着手金一四〇万円、成功報酬一〇%の金三四二万円合計四八二万円を支払い、その他調査費用として金三〇万円、諸雑費三五万〇、五一八円の経費を負担した。

また原告らは、前訴訟の提起により証拠の探索や弁護士との打合わせなど訴訟準備のため筆舌に尽し難い労苦を味わっており、これが精神的苦痛に対する慰藉料としては原告ら各自につきそれぞれ一〇〇万円が相当である。

5  よって被告らは各自原告らに対し以上の合計金一、〇四七万〇、五一八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  答弁および被告らの主張

1  請求原因1、2の事実は認める。

同3の(一)の事実のうち、被告花岡が被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余は否認する。同(二)の主張は争う。

同4の事実は知らない。

2  被告会社の代表取締役である被告花岡は、本件分配約定を定めた念書(乙第一号証)が存するとともに、原告らが前訴訟でその主張の根拠とした念書(乙第二号証)は当事者が異なり、且つそれは本件農地を売却する手段として一旦被告会社から藤栄工業に権利を移転するために作成したものにすぎず、最終的に処分された場合あくまで先の念書(乙第一号証)の分配率によって分配するものと理解していたことから、都枝が本件農地売却後もその代金を一人占めしていることを知って同女に分配清算を求めたがこれに応ぜず、そのうち同女が死亡したため原告らを被告として前訴訟を提起したものであり、結果として被告会社の主張は裁判所の採用するところとならなかったが、被告会社がその主張のとおりと信じるについては合理的な理由があったから、前訴訟の提起は何ら違法なものではなく過失もない。

ところで、被告会社は、訴外川野政三を被告として、同川野が本件農地の前記仮登記権利を被告会社ではなく自己が取得したものであると主張し仮処分決定を得てその旨の登記を経由したうえ、その本案訴訟を提起したのは不当訴訟であるとしそれによって本件農地の処分ができなかったことによる損害や応訴の費用につき損害賠償を求める訴を提起したところ(当庁昭和五一年(ワ)第一八九一号事件)、原告らは、本訴とは異なり、本件分配約定が有効に存在することを根拠として被告会社の請求した損害賠償請求権のうち四割に当る金員が原告らに帰属することの確認とその支払を求めて右事件に当事者参加の申出をしており(当庁昭和五二年(ワ)第九三七〇号事件)、本訴における原告らの主張はこれと矛盾し著しく訴訟上の信義則に反するものである。

三  被告らの主張に対する原告らの反論

原告らが被告ら主張の別件訴訟において本訴と異なる主張をしていることは認めるが、右別件訴訟における原告らの請求は、前訴訟との関係で防禦的な趣旨で予備的になしたものであり、また先に主張のとおり本件分配約定が効力を失うまでの間の法的関係を基礎としてなしたものであるから、何ら訴訟上の信義則に反するものではない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  原告らは、被告会社が原告らを相被告として前訴訟を提起したことが故意または重大な過失による不法行為を構成すると主張するので検討する。

(一)  前記争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、前訴訟において被告会社が前記請求原因2記載のとおり請求原因を主張したのに対し、原告らは、抗弁として「被告会社及び藤栄工業は、昭和四七年八月二八日、本件分配約定に基づく被告会社に対する分配金を金二、五〇〇万円と定め、藤栄工業が被告会社に対し右金員を支払うのと引換えに被告会社が本件農地につき有していた所有権移転登記請求権の仮登記権利を藤栄工業に返還することを約し、その頃藤栄工業は被告会社に対し金二、五〇〇万円を支払ったので被告会社の前記約定に基づく分配金請求権その他一切の請求権は消滅した」旨主張し、被告会社は右抗弁事実を否認したが、審理の結果、東京地方裁判所八王子支部は、念書二通(乙第一、二号証に同じ)や《証拠省略》を総合して「被告会社は、昭和三八、九年頃から都枝が代表者をしていた藤栄工業に対し三〇〇ないし四〇〇万円程度の融資をしていたこと、昭和四一年一一月被告会社、藤栄工業間で、藤栄工業が原告に対し負担する債務額を金六五〇万円と定め、右債務を担保するため藤栄工業が有していた本件農地に対する停止条件付所有権移転請求権の仮登記権利を被告会社に譲渡し、同年一一月二四日右所有権移転仮登記の移転登記がなされたこと、その後訴外川野政三から被告会社に対し右所有権移転仮登記移転登記の抹消登記手続請求訴訟が提出され、これに応訴することとなったが、被告会社が藤栄工業に対し前記債権を有していたこと及び右訴訟事件の訴訟費用、弁護士費用は被告会社が全額支出することを承認したため(但し、敗訴した場合は協議により負担割合を定める)、本件分配約定がなされたこと、昭和四七年八月二八日被告会社は、担保の趣旨で藤栄工業より譲受けた本件農地に対する前記仮登記権利を同年九月末日限り、藤栄工業より金二、五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに藤栄工業に返還することを約したこと、しかして同年九月八日藤栄工業は被告会社に対し金二、五〇〇万円を支払い、被告会社より権利証、印鑑証明書等の一件書類を受けとったことが認められる。」と認定し、右事実によれば、被告会社は藤栄工業に対し前記債権を有しその担保として藤栄工業より本件農地に対する前記仮登記権利の譲渡を受けていたものであり、そのために本件分配約定に基づく分配金請求権を取得したものであるところ被告会社は藤栄工業より二、五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに前仮登記権利を藤栄工業に返還したのであるから、これにより被告会社は本件分配約定に基く分配請求権を失ったものと推認するのが相当であるとしたうえ、被告会社代表者の右二、五〇〇万円は分配金とは別個である旨の供述はその理由とするところが曖昧で措信できないものとし、また立替費用の請求については、本件農地を取得するに金六五〇万円を立替支出したとの事実を認むべき証拠はなく、右金六五〇万円が被告会社が藤栄工業に融資し債権額と確定した金員を指すものとすれば、前認定のとおり右債権額を織り込んだものとして本件分配約定が成立したものであって、これとは別個に立替費用として請求できる筋合のものでないとし、被告会社が前記川野との訴訟事件の弁護士費用として支出した金二五〇万円の四割を都枝が負担する約であったとの主張についても、この主張に副う被告代表者の供述は本件乙第一号証と同じ念書の記載内容に照らし措信することができず、他にこれを認めるに確たる証拠はないとし、被告会社が登記費用として金五〇万円を立替支出した旨の主張もこれを認むべき証拠がないとしていずれも排斥し被告会社敗訴の請求棄却の判決をなしたことが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

(二)  ところで、訴を提起した者が敗訴判決を受けた場合の不法行為責任の成否については、民事訴訟は一定の権利ないし法律関係の存否に関して紛争が生じたときにこれを解決する手段として設けられた公の制度であって、その建前からすれば訴を提起した者が結果的に敗訴となったとしてもそのことから直ちに訴の提起が違法性を帯びて不法行為となるというものでないことは明らかであり、かかる場合提訴者が自己の権利のないことを知りながら相手方に損害を与えるため、またはその紛争解決以外の目的のために敢えて訴提起の手段に出たこと、あるいは自己の権利のないことを容易に知り得べき事情にあるのに、軽率、不十分な調査のまま敢えて訴提起に及んだことなどが立証されて、始めて当該訴提起につき故意または過失(重過失までは要しないと解する)があるものとして、提訴者に不法行為責任が認められるものと解するのが相当である。

(三)  そこでこれを本件についてみると、《証拠省略》を総合すると、当裁判所も前認定の前訴訟の判決における認定判断と同一の認定判断をすることができ、且つ次の事実を認めることができる。

すなわち、前訴訟の判決で認定のように被告会社が昭和四七年八月二八日藤栄工業に対し同社から担保の趣旨で譲渡を受けた仮登記権利を二、五〇〇万円と引換えに返還することとなったのは、被告会社の代表取締役被告花岡が藤栄工業の代理人である弁護士鈴木俊孝らから本件農地売却のため必要であると要請され被告花岡自身が交渉した結果であって、被告花岡は当初その代償として前訴訟の分配金請求額を上回る五、〇〇〇万円を要求したが、最終的には二、五〇〇万円と売却に成功した場合に応分の謝礼を貰うことで了解し、右合意を証するため二、五〇〇万円の受領と引換えに仮登記権利を返還することを約した被告会社から藤栄工業宛の念書(乙第二号証)と被告会社の仮登記移転登記が抹消され本件農地の売却が成功した場合は応分の謝礼を支払うことを約した藤栄工業から被告会社宛の念書(乙第五号証)がそれぞれ作成され相互に交付されたこと、被告会社が右当時まで前訴訟の判決で認定の川野との間の訴訟事件で支出した費用は二五〇万円であり、被告会社の藤栄工業に対する債権額として仮登記権利の譲渡を受けた際確定した六五〇万を加えても本件農地に関して被告会社が支出した金額はせいぜい九〇〇万円であり、税務調査においても、右二、五〇〇万円の受領額のうち一、〇〇〇万円だけが藤栄工業に対する貸付金の回収分と認定されたにすぎないこと、本件農地は同年一一月に現実に売却されており、右返還の合意がなされた当時は売却の話がかなり具体化していたことが窺われること、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によると、被告会社代表取締役の被告花岡と原告ら代理人鈴木弁護士との間に前記仮登記権利の返還と引換えに二、五〇〇万円及び売却成功の場合に応分の謝礼を支払うとの合意が成立するまでの交渉の中で本件分配約定に基く分配金請求権の存在が問題とならなかったとは考え難く、右分配金請求権が右合意によって当然失われるとの理解を前提に右合意が成立するに至ったものと推認される。

被告会社代表者は、二、五〇〇万円と分配金請求権とは別個である旨供述するが、前掲甲第五号証には二、五〇〇万円は分配金請求の一部である旨の被告会社代表者の供述記載があり、同代表者の供述は前後一貫せず曖昧で措信することができず、他に右推認を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告花岡は、右交渉を直接なした者でありまた関係書証を所持していたのであるからその交渉の結果右分配金請求権を失うことを知りもしくはそのことを容易に知り得べき立場にあったというべきであり、それにもかかわらず前訴訟を提起して本件分配約定に基く分配金を請求したのは極めて軽率であったといわねばならない。

次に被告会社は、前訴訟において立替払したとする本件農地取得のための費用金六五〇万円、登記費用金五〇万円のそれぞれ四割を請求している。

しかるところ、右立替払した事実を認めるに足る証拠はなく、前認定のとおり前訴訟においても被告会社からその主張を裏付ける証拠が全く提出されていないのであり、その提出しない事情について被告側から何らの立証もないから、被告会社は右請求権を有しないのに軽卒不十分な調査のまま敢えて前訴訟を提起し右請求をしたものと認めざるを得ない。そもそも、右六五〇万円については前記認定の被告会社の藤栄工業に対する融資の確定額であると認められ、それは前記二、五〇〇万円の受領によって弁済されたとみるべきものであるから、被告花岡は右請求権の存在しないことを知りもしくは容易に知り得べき立場にあったというべきである。

また被告会社は、前訴訟において前記川野との訴訟事件の弁護士費用として支出した金二五〇万円の四害を請求しているが、前掲乙第一号証の念書には右訴訟で敗訴した場合以外は(《証拠省略》によると右訴訟は被告会社の勝訴が確定)被告会社が右費用全額を負担する代償として本件分配約定を結ぶ趣旨が明記されているのであるから、右念書を所持していた被告花岡は右請求権のないことを容易に知ることができたということができ、それにもかかわらず敢えて前訴訟を提起し右請求をなしたのは軽卒というほかはない。

(四)  以上検討したところによれば、被告会社の代表取締役である被告花岡がその職務行為としてなした前訴訟の提起は原告らに対する不法行為を構成するものといわざるを得ず、被告会社は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項によって不法行為責任を負い、被告花岡も個人としての不法行為責任を免れないから、被告らは右不法行為によって原告らが被った損害を連帯して賠償すべき義務を負うものといわなければならない。

(五)  なお被告らは、原告らが別件において本件における主張とは矛盾する本件分配約定が有効に存続する旨の主張をしており、著しく訴訟上の信義則に反すると主張するので判断するに、《証拠省略》によれば、原告らは被告ら主張の別件にその主張のとおり当事者参加の申出をし本件と矛盾した主張をしていることが認められるが、《証拠省略》によると、前訴訟の提起後、被告会社から右別件事件の提訴があり、原告らはそれに昭和五二年一〇月四日当事者参加の申出をしたこと、前訴訟の判決はその後の昭和五三年三月二三日になされたので、原告らは右判決を前提に同年七月二四日本訴を提起したこと、原告らは都枝の相続人であり、本件の争点となっている本件分配約定及びその後の仮登記権利の返還等の取引に全く関与しておらず、その実情を知り得ない立場にあったこと、問題となっている乙第一、二号証の二通の念書だけでは、仮登記権利の返還によって本件分配約定に基く分配請求権が消滅することになるのかどうか判然とせず判断に確信が持てなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、右認定の事実によると、原告らは争点となっている取引の実情を十分知らないなどのため前訴訟において分配請求権の消滅を主張して争う一方、これに敗訴する場合を慮って別件に当事者参加の申出をして前訴訟におけると異なる主張をしたが、前訴訟で原告ら勝訴の判決が出たことから本件訴訟を提起し右判決のいう如く分配請求権の消滅を主張しているものであり、右事情に照らせば、本件における主張が別件と矛盾するとはいえ、著しく訴訟上の信義則に反する主張とまではいえないと解するのが相当であって、右主張は採用できない

三  損害

1  《証拠省略》によると、原告らは前訴訟を提起されて始めて訴訟を経験し裁判所の勧告により応訴のため本件原告ら代理人である弁護士を依頼したこと、同弁護士には着手金一四〇万円、勝訴判決確定により成功報酬として三四二万円支払ったこと、右費用は原告ら全員で負担したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、既に認定した前訴訟の内容、経過、日本弁護士連合会報酬等基準規程等を考え合わせると、前記不法行為と相当因果関係に立つ損害として被告らに請求できる弁護士費用は金三〇〇万円、右費用は原告ら全員で負担したので原告ら一人当り六〇万円と認めるのが相当である。

2  原告らは調査費用金三〇万円及び諸雑費三五万〇、九一八円を損害として請求するところ、《証拠省略》によると、右調査費は原告らが応訴するにも事情が分らないため本件分配約定に関与した石丸良孝に調査を依頼し同人に謝礼として支払った金員であり、右諸雑費は、弁護士との打合わせの際の飲食代、訴訟関係書類のコピー代、調査などのため用した自動車のガソリン代等である(但しその金額は一四万一、六〇五円)ことが認められるが、右調査の内容が不明であるし、諸雑費を含め弁護士に依頼しながらそれらが応訴のためどうしても欠かせないものであることについての立証は未だ十分ではなく、それらが前記不法行為と相当因果関係のある損害とは認めることができない。

3  原告らが前訴訟の提起を受けて始めて訴訟を体験したことは先に認定したとおりであり、《証拠省略》によると、原告らは訴訟費用の捻出等前訴訟の応訴に苦労するなどの精神的苦痛を受けたことが認められ、既に認定した前訴訟の内容、経緯その他の諸般の事情を勘案すれば、右精神的苦痛を慰藉するには原告ら各自につき各金一〇万円をもって相当と認められる。

四  以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴請求は、前記三で認定の弁護士費用各金六〇万円と慰藉料各金一〇万円の合計各金七〇万円及びこれに対する前示不法行為による損害発生の後であって本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九二条本文、九三条仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木寅男)

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